So-net無料ブログ作成

それはたったそれだけのこと

病院へ寄ったあとヨガ教室へ行く。再来週から先生がインドへヨガ巡業に行かれるそうでしばらく休みになるらしい。それで、来週のクラスは1500yenで受けられるのだそうだ。去年、インドへ行こうと計画していたけど、チケットがとれなかったのでそのタイミングではないのかなーなどと思っていた矢先、母の癌が発覚したのだった。いつかインドに行ってみたい。カレーをたくさん食べたい。
nice!(1)  コメント(0) 

夜明け前のブルー

イレッサを始めて痛みがなく楽だと喜んでいた母だが、今日は腰骨の痛みがあったらしく調子が悪そうだった。でも食欲は変わらず旺盛で、病院向かいのパン屋で自分で買ってきたピロシキを夕食前に食べた上、夕飯はほぼ完食、そして食後にドーナツを半分食べていた。食後すぐベッドに横になっていたので、erieは帰宅することにした。病院でピロシキとドーナツを食べているのに、帰ってから豆乳でクリームパスタを作る。erieも母に負けず食欲旺盛である。気付けば先週日曜に参加したセミナー以降、甘いものやコッテリしたものを無性に欲する。なにか関係があるのかと思って、Kにメールして聞いてみたら、やっぱりそうらしい。エネルギーを消費するのだとかで、グラウンディングにはあんこを食べると良いですよとのこと。あんこと言えば、和菓子がすごく食べたくてコンビニやスーパーを徘徊していたerie。なるほどそうだったのねと納得。ポンド高で含み損を抱えるここ数日。嗚呼、損きりのタイミングを完全に逃してしまった。ストップを移動させるというマイルールを破ってしまった罰だ。どうしたものか。
nice!(2)  コメント(4) 

花のような乙女たち

目を閉じたら宇宙が見えたのでたまげた。今のはなんだったのだろうと考え込んでいたら、KとAが意味深な笑いを浮かべながらどうしたのかと聞いてきた。正直に宇宙が見えました。と言うと、そうよねと納得され細かいことを説明された。KとAが他の人を見ているとき、言葉が幾つか浮かんだのだけど、同じことをAが言っていたので、降りてくる言葉は自分の考えではない、ことを知った。そして、目を閉じている時見えた影、黒い松の木、山、空、聞き取れないたくさんの人の声。それらを感じたとき、KとAには六根清浄が聞こえたらしく、あの低い微かな声はそれだったのかな、と思った。小さい頃から不思議な人が見えたり出来事が起こったりしたけど信じていなくて、でも鋭い友達には、erieもわかる人だからもっと自覚したほうがいいと言われ続けてきた。まさか、この歳になってこうなるとは思ってもみなかった。山で修行しろとか言われたら嫌だなぁ。
nice!(2)  コメント(0) 

最終に乗り遅れて、僕はもう君に会えない。

自分勝手なことだけれど、期待して待つのはとても疲れるし嫌なのだと感じるのに。どうして同じことを繰り返してしまうのだろうか。無意味なのだ。そうして、連絡がないということは、つまりそういうことなのだ。やさしい言葉なんて主観でしかなく、なんの価値もないのだと改めて痛感する。そういう現実を受け入れなければ。
nice!(2)  コメント(0) 

橋の上で君を待つ

数日前のこと。やっぱりあの夢が気になったので、ヒプノセラピストのK氏にメールをした。でも、1月は空きがないので来月になると返信がきた。それでも、今月がいいなぁと思っていたら、日曜の予定が変わって他の方も一緒だけど、いかがですかとお誘いがきた。なんというすてきなタイミング。やっぱり呼ばれているのだと実感。しかも、今日電話があってもう一人参加者が増えたので時間も1時間早めましょう、とのことだ。なんだかおもしろいワークになりそう。最近特にホメオパシーという言葉がまとわりつく。なんだろう。そっちに行くのかな。まだ、ヨガとマクロビに手一杯なのだけど。
nice!(1)  コメント(2) 

小鳩ちゃん

妹が母のために買ってきたユリの花がきれいに咲いた今日、母は入院した。そして、夜からさっそくイレッサ治療が始まった。たった1錠の赤茶色い丸い錠剤。こんな小さい粒が癌に効果をだすのかと。弟が付き添ってくれたので、erieは仕事帰りに病院へ顔をだした。ちょうど夕食時間だった。おかずが塩辛いとか、部屋はきれいだけど家具の配置が気に入らないから模様替えしたとか、つくづく文句というか注文が多い人である。少しはその環境に身を委ねるということができないのだろうかと思った。そのあと、ヨガへ行く。会社から病院まで地下鉄で1駅。ヨガ教室まで病院から徒歩圏内。帰りも乗り換えなしで家まで帰れる。なんて便利なんでしょう。選んだわけではないのに、全てちゃんと整えてくれている。偶然(必然?)に感謝である。ヨガのとき、先生に最近は神様の声が聞こえますか、と質問された。今は自分のこころのままに生きているから声が聞こえることはないけれど、夢でいろいろなことを知らせてくれます。と少し話をした。先生はエキゾチックな顔立ちで目がきらきらしていて、なぜかとても懐かしいと思える人。母が亡くなる夢を見た話をしたら、変ることもあるから大丈夫ですよとまっすぐに言われ、安らいだ。そう、変えられるのだ。帰宅して、ニュースを見てたら癌難民コーディネータという肩書きのおじさんが特集されていた。癌を克服されたご自身の経験をもとにボランティアで全国の癌患者の相談にのって手助けされているのだそうだ。そこで紹介されていた病院が、埼玉の帯津三敬病院でホメオパシーを(免疫)治療に取り入れておられるそうだ。その先生が、ホメオパシーは科学では証明されていないけど、全く使えないというわけではない、西洋医学も東洋医学も使えるものを織り交ぜていけばいい、というようなことを仰られていて、なんだか感動してしまった。そう、どっちがどうということはないんだよな。現代は優劣つけ過ぎなのだ。そのあとの番組では、さかなくんがでていた。ぴゃーぴゃーうるさいけど、情熱大陸で見てさかなくんは天才だと思った。だから、それ以来彼がうるさいのは我慢することにしている。
nice!(1)  コメント(2) 

星の数だけ

あの夜の予感のように。弟から母の転院が明日に決まったと連絡があった。多くの人がベッド待ちをしているから、今月中の入院は難しいと言われていたのにだ。先日、抗議した甲斐があったのかも。個室だから少し高いけど、母本人の希望だし体調管理においても安心できる。初めての二人暮らしは楽しかったから、私はまた一人に戻って寂しくなるけれど、妹と弟も部屋が見付かり次第京都に越してくれるみたいだし、そうしたら皆で一緒に暮らせるね。とすぐ母にメールを送った。ありがとうね。と母から返信がきた。最近、痛みが強くなってきたし、その痛む場所も変わってきたし。癌が広がってきているんじゃないかと不安だったから、いいタイミングで入院が決まって調度よかった、と言っていた。今日が二人暮らし最後の夜。秋刀魚の開きを焼く予定だったけど、帰宅すると炊き込みご飯と煮物を作っていてくれた。中華スープが飲みたいと母が言うので、それだけerieが作った。ほっこりと味の染みた煮物。なつかしい味をかみ締める。また食べられる日が来るのだろうかと思ってしまって泣きそうになるけれど、大丈夫大丈夫とこころで唱える。入院が決まったから、イレッサでの治療が始まる。母はこれを望んでいるけれど。考えるとこころがざわつくのだ。それがどこから来るものなのか。嗚呼そう思いたくないのだ。どうかつらくないように物事がすすみますように。


nice!(1)  コメント(4) 

子供と魔法

日中、いとこが来ることになっていたので安心して仕事に励む。締めで忙しいのだが、例月と比較してもぐんと受注発注共に半分以下というこの少なさ。他の部署では取引先が民事再生の手続きをしたとかしないとかの噂話が流れていて慌てていたようだ。親会社も派遣社員の労働時間短縮を今月より始めたし、うちの会社も危ないのではないだろうか。と課長に聞いてみたら、海外部門(輸入)が円高を受けて利益をあげているらしく相殺されて会社全体で益はでているのだとか。でも、相当なお荷物部署になっているはずだから、切捨てられるかもしれない。外資はシビアだから。母の気力が戻ってきた様子で、昨夜はご飯を作っていてくれた。退社前、晩御飯のリクエストを聞いたら、あるもので何か作っておくからと言っていた母。その時は、あらありがとう。と言っただけだったのだが、自転車で走っていると急に涙が溢れて止まらなくなってしまった。泣いてしまった後に、いつまで続くのだろうか、あと何度食べられるのだろう、などとことあるごとにカウントダウンしてしまっている自分の思考に気が付く。ダメだな。マイナス思考。久しぶりに泣きながら自転車こいで、スーパーに寄って野菜を調達。閉店間際のスーパーは閑散としていて古びた商店街みたい。ショウケースのライトが白くて嘘っぽくて、自分が今どこにいるのかわからなくなりそうになる。嗚呼弱っていてはダメだな。涙の訳をこころはちゃんとわかっているのだろう。大根と人参の酢の物と水菜の含め煮。それにお粥。ふたりですっかりお粥にハマっている。食べ方は前日と同じ。梅と三つ葉が最高である。新しい薬を飲み始めてすぐ胃の調子がおかしいと言っていた母だが、案の定、口元が荒れ始めている。切れて痛そうだ。それだけ強い薬ということなのだろうか。しばらくはお粥生活にしようと思う。テレビもつけず、話ながら過ごす夜。意識を空のずっと奥に飛ばして、そのもっと先から今いる位置を確認して。自分は宇宙の点にしか過ぎないのだと、感じてみる。そうやって夜が通り過ぎていった。

nice!(2)  コメント(4) 

雨音のような旋律で時は流れた

痛みが治まったせいか(薬が効いているだけだが)、食欲がでてきた母。妹が夕方からきて、3人ですきやきを囲む。肉はあまり食さないerieだが、母の希望なので黙って肉を食べる。久しぶりの肉はなんだか血液っぽいくて不気味な味。不味いとは思わないけど、やっぱり食べなくてもいいかな、と思う。今後も自主的には手を出さない食べ物になりそうだ。お風呂でピアスが片方はずれていることに気がついて慌てて探す。結局はずれた方のキャッチだけは見つからなかった。片方だけのピアスが増えていく。入院できない不満、このまま放置していたら癌が広がるだろうという不安、早く治療をしたいという希望、そういったことと、これ以上入院待ちが長くなるのなら違う病院を検査抜きで紹介してほしいという旨を病院に電話して伝えた。電話の相手は入院をコントロールするだけの部署だから、どうしてベッドが空いてない状況で転院を受け入れたのかの理由はわからない、とあからさまに投げた発言をされたので、まずその態度に抗議し、患者が抱く不信感について述べ、わからないなら調べて折り返し連絡をくださいと強い口調で言った途端、相手はいきなりの低姿勢。なんなんだ腹の立つ。折り返しの電話は、事の成り行きを把握している主治医から弟に直接電話してもらうようにと伝えた。折り返しの電話は来たらしいが、主治医が多忙らしく会って話ができる時間がとれそうにないそうで、月曜に外来診察として弟が出向きそこで話をする運びとなったそうだ。癌専門医が居て機器が整っている大病院でも、入院ができず治療を待たされるのなら、小さくても治療をしてもらえる病院の方がいいのではないだろうか。早期の治療を母も望んでいることだから、何かが起こったとしても納得はできるのではないだろうか。日曜は朝から雨。外出もできずで3人で雨音を聞きながらすごす。会社からerieが持ち帰った餅を使って、母から譲り受けた圧力鍋でぜんざいを作る。erieにとってはじめての圧力鍋。水を含ませておいた小豆を1分ほど圧をかけて加熱。一旦水切りしてアクを捨て、鍋に戻し分量の水でまた圧をかけて10分加熱。この短時間でこっくりと茹だった小豆。砂糖と塩で味つけ、焼餅で作った。ぜんざいは雨の日にあうなと思う。繊細でどこか哀しい。夕方妹を駅まで見送り、スーパーへ行く。晩御飯はお粥。ぜんざいを食べたときに出した梅干を母がいたく気に入り、夜はお粥が食べたいと言い出したのだ。梅干は2年前erieが漬けたもの。作業が楽しくて40KG漬けたらひとりで消費するには十分なくらい残ったので、昨年は漬けなかったが、母が喜んで食べてくれたのを見ると、漬けておけばよかったかな、と思った。ししゃもを焼いて、残り野菜でお味噌汁。ゆるく炊いたご飯に梅を入れお湯を足して潰しながらゆるさを調整していく。三つ葉と海苔をふっていただく。ほっこり甘くておいしい。梅の程よい酸味と塩加減がいい。おいしい、おいしいと笑いながら食べた。こういう笑いあえる時間を共有できたらいいのだと思う。不安にこころが穏やかでなくなる日が来るとしても、こうやって紡いだ時間を持てたことを思い出し、嗚呼よかったと思えるのかもしれない。母の笑顔をつくれたことを誇りにできるよう、日々を送ろうと思う。
nice!(2)  コメント(4) 

人生の波に乗ろうぜ

親友と京都駅構内の京おばんざいのお店で適当につまみながらおしゃべり。8年の想いが実った親友。彼女もいずれ東京へ行くことになるのだ。erieが先月、東京へ行こうかと考えているという話をしたとき、なんとなく親友とは離れる気がしないと感じていた。その話をしたら、彼女もそう思っていたらしく、こういうことだったのねーと納得しあう。だけど、今はどう考えても東京には行けそうにはない状況なんだけどね、どうなるんだろうね。と近い未来がどうなるのかにふたりで思いを寄せる。そして、今の私たちの付き合いも10年、これからもよろしくねと笑いあう。そういえば、厄払いどうする?来週厄払いに行こうと思ってるんだけど一緒に行かないかと誘う親友。いいねー、一緒に行こうよーとなりカレンダーを見るとその日は締日だから仕事休めそうに無いerie。毎週火曜しか休日がない彼女。消去法で2月3日に日にちを決める。母のことで気持ちが一杯になっていて旅に出たいわと言ったら、それなら自分の地元でもある出雲大社に行こうよ!と親友。実家の車が借りられたら行動範囲も広がって、おいしいもの食べられるしと計画を練ってくれる親友。嗚呼、こうやって元気づけてくれようとしていることがうれしい。感謝である。その勢いで日にちも場所も決定。居心地が悪いお店だったので早々に出て、改札前のコーヒーショップでお茶をする。それにしても、親友があの彼と結婚。今は、親友が8年前の彼の年齢になり、こういう気持ちだったのかもと彼の当時の気持ちを想像してみるのだとか。思えば思うほどに人生ってすてきだ。親友が、片思いしてたあの頃じゃダメだったんだろうねーと何度も言っていた。そうだ、ものごとはそうなるようにちゃんと用意されている。だからこそ、遠回りしないように、こころに忠実でなくてはね。と話す。あまり遅くなると母が心配なので10時半に改札で見送った。何度も振り返ってくれるのがうれしい。手を振って、見送ってるよーとこころの中で話しかける。地下鉄降りて、Rに電話する。母の状態が悪いこと、不満を言われ精神的に参ってきていることを聞いてもらう。彼は、無理しないようにと何度も言う。あまり頑張らないようにとも言う。こうすることがベストということがないから、アドバイスできないのだろう。話を聞いてくれてerieの心身を心配してくれた。そして、そのあと兄弟にもメールした。精神的に参ってしまうから早く皆で暮らさないかと。そして、別の病院を探すことも考えて動こうと。妹から、eireの精神的負担が一番心配だったから早く何とかしよう、と返信がきて、弟も明日主治医に入院について電話して聞いてみると言ってくれた。そのあと、自転車で帰りながらふと思ったこと。母が家に来た理由はもしかしたらerieに命の尊さを知らせるためではないだろうか。自殺願望とまではいかないけど、死ぬことはいつでもいいかなと思って生きてきたerie。死ぬ理由がないから自殺しなかったけど、生きることにも執着しなかったからいつ死んでもいいかと安易に考えてきた。しかも、35まで生きたら自殺しようと真剣に考えていた時期も過去にあったりして、命をとても軽んできた部分があったのだ。そう思うと、そんな気がしてきた。そして、気が付いたのだから母は近いうち入院できるかもしれないと感じた。
nice!(2)  コメント(4) 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。